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タイトル
ダヴィンチ・コード

見た日にち
5月

映画館

監督:

出演者:トム・ハンクス ジャン・レノ オドレイ・トトウ イアン・マッケラン ポール・ベタニー

あらすじ:ロバート・ラングドン教授(トム・ハンクス)は、ルーブル美術館の館長のジャック・ソニエールの死体に暗号が、隠されていることに、気がついた。
フランス人のソフィー・ヌヴー(オドレイ・トトウ)という、暗号解読官の女性ともに、「ダ・ヴィンチ・コード」を、解読していくのだが・・・。
そこに、犯人逮捕に、執念をもやすベズ・ファーシュ(ジャン・レノ)や、オブス・デイの狂信者の殺し屋シラス(ポール・ベタニー)が、加わって、逮捕されそうになったり、命を、狙われたりするのだけど・・・。
リー・テイービングという、友人の英国人宗教学者(イアン・マッケラン)の協力もあり、暗号を、解読していく・・・。
しかし。。。その解読の結果・・・。


感想:「聖母マリア」信仰というのが、私には、とても、不思議だった・・・。
なぜなら、「マリア」は、「キリスト」を、生んだ時点では、まだ、「ユダヤ教徒」なのだから・・・。
どうして、異教徒のマリアが、信仰されるのだろうか??
キリストを、生んだというだけで、なぜそれほどまでに、どこの教会(カトリック)の入り口に、「マリア像」が、かかげられているのだろう??
そういう、疑問が、「キリスト教」の学校で、学んだ、私には、あった・・・。

だから、この物語で、マグダラのマリアが、キリストの子供を生んだということであれば・・・。
それならば、納得がいく。
世界各国にある、「マリア信仰」も、「キリストの子」を、抱きかかえるマリアならば、それは、「信仰」になるにふさわしいだろう・・・。

民間の伝承の中にこそ、私は、真実があると思う。
それは、時の権力者によって、ゆがめられたものを、正当に、伝えるために、形を変えて、言い伝えられることがあるからだ。
「真実」を、伝えるために、「変異」せざるをえないもの。。。
世界中に、こういった、「真実」を、ゆがめたものが、「民話」として、残っている。

民話を読むときに、「異形」のものが、書かれていたら、それは、多分、「意図」的に、その時代の人が、変えたものだと思う。
そのままの形では、時代の為政者に、罰せられるから・・・。
だから、「虐殺」された人々は、「鬼」として、表現され、鬼を退治した、為政者は、その権力を、ほしいままにしたことが、「宝物」を得たとして、記されていく・・・。

「歴史」の中で、埋もれた真実が、何なのか??
それは、時代を経れば、解読しにくくなっていく。
そして、やがて、人々は、いろいろな、「想像」を、凝らしていく・・・。
それは、もはや、「真実」ではなく、「フィクション」として。。。

この映画も、「映画」として、楽しめば、十分なのではないか??
「宗教」的に、ボイコットするほどのものではないのではないか??
むしろ、そういう、行為こそが、この映画に、「信憑性」すら、与えているようですらある。。。

楽しい「妄想」とでも、宗教家は、考えてもっと、「心広く」もってほしいものだと思った。
「映画」は、「映画」でしかないのだから・・・。

サファイヤさんからの質問ですが・・・。
「マグダラのマリア」と、「聖母マリア」とは、別人です。

「聖母マリア」は、「キリストの母」の「マリア」のことになっています。
通常そう考えるのが、普通です。

でも、「マリア信仰」を、考えていると、かなり、「疑問」に思えてしまうのです・・・。

それで、私の「聖母マリア」への「疑問」を、まとめてみたのですけど・・・。


マグダラのマリアは、キリストに従い、聖書の中でも、重要な役目を、果たしているように思われる存在なのです。

私が、習っていたころは、「娼婦」と言われていましたけど・・・。

実際は、キリストの考えに、深く、傾倒した女性であり、キリストは、フェミニストでもあったことが、伺えるようなのです。

キリスト教は、「差別」を、嫌います。
そして、いかなる「性別」「人種」「職業」でも差別されない平等な世の中を、目指すところに、当時、虐げられていた人々が、共鳴した結果、「世界宗教」になったのだと思います。

これは、そばに、女性が、いたことも、大きく左右していたのではないか。。。

マグダラのマリアは、キリストの「処刑」に立会い、「復活」にも立ち会います。彼女の存在は、聖書の中で、もっとも、重要なシーンに、現れています。

いわゆる「死と、再生」の場面に出てくるのです。
これは、何を意味するのでしょう??

「女性の性質」を、意味しているような・・・。
つまり、「復活」=「出産」ではなかったのか??

そんな、「疑問」を、子供のころに、「聖書」を、読んで、思ったのでした・・・。

そして、もしかしたら、あの「聖母マリア」は、キリストを生んだ、「母マリア」ではなく、「キリストの復活=キリストの子の出産」を、果たした、「聖母マグダラのマリア」ではないのか??

幼い私のも「妄想」の世界が、そこにあったわけで・・・。

この映画を見て・・・。同じように、考える人が、いるものだと、思ったのでした。。。
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コメント

サファイヤさん。

「聖書」を、読んでいくと、結構、おや??っ思うことが、あるんですけど・・・。
「信仰者」としては、「疑問」を、もつとか、そういうことは、タブーになるみたいです。
私は、「無神論者」なので、「聖書」も、一冊の「書物」として、捉えてしまうから。。。「疑問」は、「妄想」になっちゃいます。(*^。^*)

キリスト教は、「女性に優しい宗教」って、いえると思います。
だって、日本の「女子教育」への援助や、力の入れようは、「クリスチャン系」の「女子学校」が、多いことでも、わかります。
それに、女性の「人権」を、大切にしていますし。。。
何より、「一夫一婦制」の結婚ですから。。。妻の座が、守られていますものね~~。

>マグダラのマリアの出産を題材にした小説は存在したみたいで・・・

わ~。やっぱり、そういうのあるんですね~♪(^.^)
なんか、うれしいような・・・。でも、宗教的には、NO!って、言われそうですけど。。。^^;

silverさん、お返事ありがとうございます。
なるほど、そういう事ですか!すっきりしました。
変な事をお尋ねしてしまって、お手を煩わせてすみませんでしたm(_ _)m

そういえば、映画の中ではあまり詳しく触れられませんでしたが、
原作ではキリスト教は元来女性をとても大切にしていた宗教だったのに、
歴史の中で歪められていったという解釈をしていました。
ちょっと調べていたところ、ダ・ヴィンチ・コード以前にもマグダラのマリアの
出産を題材にした小説は存在したみたいで、silverさんのように疑問を
抱かれた人も沢山居たのだろうな、と思わされました。

こんにちは。
サファイヤさん。
「マグダラのマリア」と、「聖母マリア」とは、別人です。
書き方が、未熟ですみません。m(__)m

私たちは、学校で、「聖母マリア」と「イエス・キリスト」と、教えられて、教会に行く際、拝んでいました。

でも、考えたら、「聖母マリア」って、「ユダヤ人」で、「キリスト」を、生んだときには、「ユダヤ教徒」。。。
だから、変だな。。。って、思ってたんです。

というか、「マリア賛美」の歌や、お祈りがあるんですが・・・。それって、「聖母マリア」への祈りなのだろうか??
そうじゃなくて、キリストの妻であり、「キリストの後継者」を、生んだ、「聖母マリア(=マグダラのマリア)」への祈りではないのか??

そんな疑問が、チラホラあったわけで・・・。
学生時代に、宗教の先生や、牧師様や、神父様に、質問したりしたんですが、結局、「聖母マリア」は、「キリストの母」であり、「処女受胎」された、「清らかなマリアさま」って、ことに、なりました。。。

でも、「処女受胎」って、ありえないでしょう~~。とか、疑問が、疑問を呼んじゃって・・・。宗教の先生には、かなり、変人とのマークされてしまいましたが。。。

こんにちは。
私の読み違いだったら申し訳ありませんが、この映画に出てくる
「マグダラのマリア」は「聖母マリア」とは別人じゃないでしょうか?
そうじゃなくて、聖母マリアが抱えているのがお孫さん(と言うとすごく
俗な感じがしますが…・・・)解釈なさってるのでしょうか。
私は、マリア信仰自体に疑問を抱くほど深く考えたことがないので、
何だかすごく深くて新鮮な感じがします。

私も、映画はフィクションとして楽しむべきだという事には賛成です。
もちろん、個人個人が反発や抵抗を感じてボイコットするのはその人の
自由なのですが、バチカンが先導してそういう事しているのは、
シルバーさんが仰るように、逆に痛いところをつかれたのかな、なんて
勘ぐってしまいますね。

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映画「ダ・ヴィンチ・コード」
原題:The Da Vinci Codeイエス・キリストは、人間なのか神なのか、という宗教的な論争には興味もないが、この地球上で最も布教が進み最も多くの信者がいるのも事実だ。 物語は、「モナ・リザ」「岩窟の聖母」「最後の晩餐」の名画と共に、パリはルーヴル美術館での殺人
2006/08/19 19:54 | 茸茶の想い ∞ ~祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり~ |

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